献体
2015年05月28日
本日の担当:たかた
”人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり”
信長が愛しその生の終わりに際して舞ったといわれるかの”敦盛”の一節です。
こんにちでは人生80年が当たり前ではありますが、
人間50年以上も生きていると体のいたるところにガタがきてさすがに死を意識するようになります。
それは恐怖というよりは自分をどこか遠いところから見ているようなそんな冷めた感覚です。
いま世間では”終活”というのが勧められているそうです。
自分の死をどのように迎えるのか、また自分の死後の始末をどのように整理するのか、
そうしたことを生きて意識もはっきりしているうちによく考えて準備をしておこうというものです。
その行為の中には悲しくもありどこか清々しさもあり、人間の尊厳がしみじみとあらわています。
そうした中で死後の自分の始末の付け方の一つとして”献体”を望む人が増えているそうです。
献体とは自分の死後、遺体を医療機関に提供して研究や医師の育成に役立ててもらうというものです。
こんにち”家”という概念が極めて薄くなり、
変な言い方ですが死後の自分のことがとても不安でならないことがよくあります。
打ち捨てられてあてもなくさまよい続けるような、とても頼りない状態に思えてしまうのです。
そこで献体の意思表示によって自分のこの世での最終形態である遺体が世の役に立ち、
きれいに始末されることを約束されて安心感が得られるのでしょう。
それまで最大の目的の対象であった自分の生が手段に変わることによって
生への執着が薄くなり穏やかに死と向き合い死を迎えることが出来るのかもしれません。
献体の意志表示をした人には暗さは全くなく、どこか晴々とした様子がとても印象に残っています。