・・・であればその採用は再考されたほうがよろしいかと~転職者のモノローグ 3章
2014年11月20日
本日の担当:鬼退治
会話の中で、発話者がある話題や言葉を用いる時には何らかの意図が
あることは特別なことではなくむしろ自然といっても良いと思います。
特にビジネス上での会話はそれが顕著になります。
また、無意識的に価値観や思想が会話に織り込まれることもありますが、
違う価値観や思想を調整しながら互いに程々主張しあって上手く折り合い
をつけているのが現実だと思います。
そのような中で発話者が、何故その話題を出すのか了解不可能なケースが
あります。
人が採れない、採用が出来ていないということを話題に挙げる場面に
遭遇することがありますが、その話題を挙げることで何を主張したいのか
理解に苦しむのです。
その話題を挙げる様はあからさまであり、深刻な様子をうかがうことは
出来ません。
採用したいけど何の取組もしていませんということを自虐的に主張したい
のでしょうか。
採用環境が厳しく自責を隠蔽し、同情を得たいだけなのでしょうか。
それとも真剣に相談したいのでしょうか。
やわらかい笑顔で語っているだけに深くは考えていないようです。
この話題から引き出されるどこかの成功事例をあわよくばかすめ取りたい
のでしょうか。
しかしながらそのような場で出てくるのはほぼ出てくるのは手法です。
どこのナビを使っている、どこの合説に何回出た等です。
その発話者はそれで満足かもしれませんが・・
いずれにしても本当に解決したいシビアな問題であれば、前述の様な
態度で話題を挙げることはないはずです。
例えば、私、最近経営が出来ていません。
ということを大っぴらにいう経営者はいるでしょうか。
採用という一つの経営課題と組織経営自体は次元が違いそうですが、
発話する環境では次元は同じになります。
当然、経営者としての了見や発言の影響は理解しているものと考えますが、
何故採用が出来ないことを話題に挙げるのかは、採用課題を解決したい
のではなく、単に自己満足にあると考えます。
採用という課題に周辺であっても寄り添っていることでの妙な安心感や
教条的な組織像や意図を以て作られた幻想的なイメージに近づこうと
取り組んでいる私の姿イコール自己満足が、その正体です。
冒頭にも述べたように発話する時に何らかの意図を以て話題や言葉を
挙げることは当然あり、そこに自己満足が入り込んでもおかしくは
ありませんが、その感覚をもって実際の採用実務に踏み込んだ時に
応募者は、いとも簡単に見透かします。
この会社はこういう感覚で採用選考しているのだと。採用されたところで
人手としか見てくれないのでは・・という感覚です。
この感覚がもたらす悪影響は深層で浸透していき蝕んでいきます。
それでも自己満足を目的にするのであればその採用は再考されたほうが
よろしいかと・・・
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